『銀河歌劇場』


「美しい歌声ですね。」
 隣に座った青年が私に話しかけてきました。今私が座っているのは、 銀河歌劇場の観客席です。そして青年が言ったように、今日はクワイア によるコンサートが行われていました。今は独奏で一人の少年がとびき りの高音でソプラノを奏でている。
 歌は・・・そう、Ave Mariaだ。
 少年の真摯な声が会場内に響きわたり、私たちは息をのんで聞いて いる。そんな折のことだった。隣のこの青年は今日始めてあったばかり の人だった。
「ええ。」
 私はそれだけ答え、わずらわしげにあしらった。そして、曲に集中した。
「目を閉じてごらんなさい。」
「・・・?」
 青年の言葉に面食らい、言葉を失って青年を見ると、青年は前をむい て目を閉じていました。
「目を閉じると、より音が鮮明になる。曲を聴くのに目を開けているなん てナンセンス。ほら周りをごらんなさい。」 
 そういわれ、私は周りを見回してみた。本当だ。皆目を閉じている、眠 っているわけでもなさそうで、心から曲を楽しんでいる風だった。私は納 得がいかなかった。目でも楽しむためにコンサートがあるんじゃないかと 思っていたからだ。聴くだけならCDでもできる。そう思って目を開けてい ると青年が、
「コンサートがなぜあるのか、・・・それははっきりと決まっているもので はないと思うんです。しかし、我々は曲を通じてクワイアと近づくことがで きます。そして、肌で歌声を感じ、風が通り過ぎていくのを見守ります。音 ってのは聴くためにあるんです。目は必要ないんです。本当に必要なの は肌で感じ、耳で音を受けること。CDでは味わえない響きに我々は心躍 らせられるのです。」
 その言葉に、完全に納得はしていなかったが、試しても悪くはないので はないかとおもえて、半信半疑で目を閉じ、音に集中した。
・・・・・・
Sancta Maria, ora pro nobis pecatoribus,
nunc et in hora montis nostrae
Amen.

 私は結局最後まで目を閉じて聞いていた。
 透明感のある美しい歌声は、神聖で、清らかなまま体の中に浸透して くる。ただ、美しいとう言葉では語れない何かがあった。
 そして、この日のプログラムは終わった。
 目を開けた。
 隣にいたあの青年はいなかった。他の客も・・・何も。
 それにここは歌劇場でもなかった。
 ここは・・・。
 カーン、カーン、カー・・・
 あれはカリヨンの音。
 そして、私が座っているのは芝生。それも教会の中の・・・ポーチだ。
 私は今まで夢を見ていたのだろうか。
 教会から歌声が響いてくる。
 ・・・・・O for the wings of a dove・・・
 私は、なぜあの夢をみたのかが分かりました。
 なんて美しい歌でしょう。
 彼らは神聖なるべきかな・・・。

              Fin.
[back] inserted by FC2 system